村上裕二 村上隆 二人展 「龍と虎」

■作品紹介

▪️会期

2024年6月6(木)~6月16日(日) 10:00~18:00(会期中無休) 大雅堂1・2F展示室

 

作家在廊予定:未定

村上 裕二「お花宝珠と紅龍」 1167×1167mm

村上 隆「みんなでうたったねへのオマージュ」500×500mm


■「「お花宝珠」にたどり着いた、あれこれ」 村上 裕二

ぼくは辰年生まれ。今年60歳になる。体には年相応の病気も出はじめている。

数年前は糖尿病からの症状で目の手術を受けた。目の中で血が出て視界が真っ暗になった。最近は喉で入院。次から次と体にボロが出てきた。それで・・・兄はそんなぼくを可哀想と思ったのか二人展を誘ってくれた?本当は年取った母のため。もしかするとどちらでもなく・・・。と兄・隆の心をくどくどと探らずに、ありがたくそれに臨む為に絵を描いた。

 

兄は急がしい。「忙しい」では足りない。しかし、その兄に歩調を合わせるにはじっくり時間を使う余裕は無かった。何を描くのか・・・?少し困った。けれど案外その答えは唐突に決まった。

 

春先、兄から、家族数人が東京赤坂の高級料亭で夕飯を馳走になった。「今までで一番美味しいお店です」と料理が配膳される直前に兄が言う。その期待を裏切らない味の連続の最中に「何描くの?(今回の展覧会に)」と聞かれた。「そうね・・・」と返事。「イマイチこれが村上裕二っていうものが無いね」と。「そうだね・・・・」と返事をする。「なんか龍みたいの描いてない?」と。「あ、時々ね」と返すと「なんで(龍を描くの)?」と。すると母が「裕二は辰年生まれだからでしょ?」と。兄が「エ、そうなん?俺、虎よ」と。「そうだね」とぼくが返すと「龍虎じゃん」と。つづけて母が「お父さん(タクシードライバーだった)が、お客さんに息子たちの干支が龍虎なのだと言うと、運ちゃんラッキーだねと褒められて嬉しがっていた」と話した。すると、兄は「それだー。龍虎ね。いいじゃん。ゆうちゃん龍描きなよ」と。「あー、それじゃ龍描くね」とぼくも返事をした。家族の中で創作題材の方向性が決まった。

 

過去の記憶をあらためてたどったけれど、今まで兄とだけで新作を並べて他人様に見ていただく機会は一度も無い。兄は自分よりヘボい弟にアドバイスはするけれど、同じ土俵に上がることを許さない。ぼくも兄が今もバリバリに前進している姿は尊敬している。それなだけに今回の展覧会は冷汗もの。いつも以上に「気」が入っていた。

 

京都の祇園に画廊を構える大雅堂さんが今回の舞台。昨年の10月、父の3回忌の食事中にこの企画案が話題に出た。それで、大雅堂社長に電話連絡。ご返答が「今日は出張中の為お会いするのは無理です。」だったのを「夕方に京都に戻りますので、画廊でお待ちしております。」に変更してもらい、兄と二人でお店に伺った。画廊前で社長の帰還を待っている間、兄は観光客らしき外国人に「ミスター村上?」と聞かれたり、握手を求められたり、写真を撮られたりしていた。社長が到着。で、打ち合わせをした。ドタバタの中、何とか展覧会をやる事になった。

 

ぼくは4月に入院し手術を受けることが急に決まった。成り行きでは1ヶ月くらいかかると予想した。しかし早く退院できた。入院前に色々な用事や仕事をだいたい終わらせていたけれど、今回の絵は途中だった。3、4点の出品でも仕方が無いか・・・と。結果時間が取れた分、全力で創作できた。

 

描いた絵のことだけど、兄・村上隆の「お花」を創作テーマにした。出品11点の内、9点のタイトルも「お花宝珠」。その玉のネタは龍が手に持っている「如意宝珠」。どんな願いも叶える力を持っているらしいありがたい「宝珠」と「お花」と合わせてみた。

 

最初で最後の兄弟展?かもしれない。だから兎に角頑張りました。よろしくお願い申し上げます。

 

村上 裕二

 

▪️略歴

1964年 東京都生まれ

1987年 東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業

1989年 東京藝術大学大学院研究科修士課程修了

1997年 再興第82回院展日本美術院賞(大観賞)

1998年 第17回日本美術院奨学金前田青邨賞

1999年 再興第84回院展日本美術院賞(大観賞)

2000年 日本美術院同人推挙

2008年 延暦寺比叡山行院にて初伝に補し、四度加行所作授與

2012年 再興第97回院展文部科学大臣賞

2013年 歌舞伎座新開場柿葺落 七月花形歌舞伎筋書表紙絵制作

2016年 再興第101回院展内閣総理大臣賞

2022年~ 文藝春秋表紙絵担当

現 在 日本画家、日本美術院同人

撮影:中尾 克己

■ごあいさつ

この度大雅堂では、開廊52周年記念展覧会として、村上裕二・村上隆 二人展「龍と虎」を開催させていただく運びとなりました。

 

弊廊と日本画家、村上裕二氏とのお付き合いは2007年から始まり、今年で17年目を迎えます。途中、裕二氏は仏門に入られ、画業を休止したりもしましたが、御縁は続き現在に至っております。仏門の修行後は憑き物が落ちたように、様々なテーマに積極的に挑戦され、私には画廊としての画家との向き合い方をご教示下さり、様々な形でお世話になっております。

 

そして、裕二氏のお兄様、村上隆氏は、説明の要らぬ世界的な現代美術作家ですが、裕二氏と同じ東京藝術大学日本画家、博士課程後期修了(隆氏は日本画科で初の博士号習得者)御出身で、2015年に森美術館で開催された「五百羅漢図展」を拝見させて頂き、改めてその片鱗をお見受けした気持ちがいたしまして、ご兄弟揃っての日本をテーマにした作家活動に、大変感銘を受けさせて頂いております。

 

 2019年、お二人のお父様である村上福寿郎氏、隆氏、裕二氏の三人展「バカな家族の狂詩曲」が開催され、初めて隆氏ともお会いする事が叶い、その後の御縁と繋がっております。

今回の展覧会は、隆氏の個展「村上隆 もののけ 京都」が京都市京セラ美術館にて開催中の期間に、弊廊において、ご兄弟の展覧会が開催できないか?と言う私の願いに応えてくださる形となりました。

 

裕二氏は月刊文藝春秋の表紙を描かれておられますが、2024年4月号の表紙では隆氏を象徴するキャラクターである”お花”を描かれて話題となっております。その流れもあり、ご兄弟であるお二人がお互いのモチーフにエールを送り合う新作群の展覧会となりました。

 

お二人による兄弟展は弊廊での展覧会が初の試みであり、奇跡のコラボレーションと自負しております。

御兄弟共にお忙しいのは言うに及ばすですが、特に裕二氏は當麻寺 中乃坊での大きなプロジェクトを控え、多忙な間を縫って、このような他にない作品に挑戦してくださいました。本当に感謝に堪えません。

是非ご来廊くださいまして、この”奇跡”をご堪能くださいますよう、お願い申し上げます。

 

画廊主

庄司雅一


作品についてはこちらよりお問い合わせ下さい。

■村上 隆

僕は1962年虎年生まれ。

弟 裕二は、1964年辰年生まれ。

 

ということで、縁起物として「龍と虎」展としました。

今回、ご縁があって、京都大雅堂にて、その二人の展覧会が出来て、大変有り難く思います。

 

兄弟揃って大学の日本画科に入学して、それぞれ違う想いがあって、

画業を積んで来ました。

弟は、院展に在籍して日本画ど真ん中な世界に。

私はNYに渡って、現代美術の道を選びました。

 

2人の進んでいるジャンルは違えども、幼少期に見聞して来た家族の中の事象は一緒なので、創る作品のテーマで似ている所がたくさんあります。

 

弟は11作品、私は3作品、新作を作りました。

見て下さると有り難いです。

 

村上 隆 

▪️略歴

1962年 東京都に生まれる

1986年 東京藝術大学美術学部日本画科卒業

1988年 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了

1993年 東京藝術大学大学院博士後期課程修了

1994年 ロックフェラー財団のACCグラントを得て、「PS1.ART PROJECT」の招待を受けニューヨークに滞在

1998年 カリフォルニア大学ロサンゼルス校美術建築学部客員教授

2000年 「SUPER FLAT」展(ロサンゼルス/アメリカ)

2001年 有限会社カイカイキキ起業

2005年 「Little Boy」個展(ニューヨーク/アメリカ)

2006年 芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞  AICA(国際美術評論家連盟米国支部)より

    「Little Boy」展が「最優秀テーマ展覧会賞」に選出

2008年 米Time誌の“The World’s Most Influential People-The 2008 TIME 100"に選出

2010年 「Murakami Versailles」(ヴェルサイユ宮殿/フランス)

2015年 文化庁「第66回芸術選奨」文部科学大臣賞受賞

     「村上隆の五百羅漢図展」個展(森美術館/東京)

 2024年 「村上隆もののけ京都」個展(京都市京セラ美術館/京都)

撮影:鈴木 心



■展覧会風景