嚆矢祭-其之百三十- 土田 康彦 ヴェネツィアンガラス展 桜の記憶

■作品紹介

▫️桜の記憶シリーズ

「優しく揺れている」18.5×22×22cm

¥770,000(税込)

「夜桜の夢」19×20×20cm

¥770,000(税込)

「濡れた桜」17×23.5×23.5cm

¥770,000(税込)


▫️桜吹雪シリーズ

「胸をときめかせた春に」10×14×13.5cm

¥330,000(税込)

「未来へ散ってゆく」12.5×12×10.5cm

¥330,000(税込)

「満開のあとに」11×12.5×12.5cm

¥330,000(税込)


▫️楽時碗シリーズ

「母の優しさ」10×14×14cm

「深い泉」11×13×12.5cm

「届きます様に」11.5×12×10.5cm


▫️イノセントシリーズ

「ときめく気持ち」21.5×15.5×7.5cm

¥550,000(税込)

「受け入れてくれる人」30.5×20×12cm

¥748,000(税込)

「手を繋いで」27.5×20×11.5cm

¥748,000(税込)


こちらの作品はwebからもお求めいただけます。こちらよりご連絡下さい。

(2024年10月22日現在)

■会期

2024年3月28日(木)~4月7日(日) 10:00~18:00(会期中無休)

大雅堂1・2F展示室

 

作家在廊予定:毎日

 

■展覧会に向けたコメント

『桜の記憶』

 

   黒縁の手鏡は正方形だった。

   そこに映された桜が、オヤジと見た最後の桜だった。

   刹那の桜、淡いピンク色が揺れていた。

 

まずは僕とオヤジの視線を究極まで近づけなければならなかったから、僕もベッドに横たわり、オヤジに頬擦りでもするかのように顔をくっつけなければならなかった。ふたりの視線を束ねながら、小さな鏡の中央に向けるのだが、ぎこちない手つきでかろうじて鏡に映すことができたのは、病室の床や窓枠、戸外の風景、彼方の青空だった。

苦戦する僕を、カルテで半分顔を隠し、くすくすと笑いながら優しく見守ってくれていたのは手鏡を貸してくれた看護婦さんだった。

なかなかうまくいかなかったが、徐々に的に接近していった。そして手首がようやく微調節の感覚を覚えた瞬間、鏡の中に桜が現われた。

僕はすぐさま、同意を求めたくてオヤジの顔を確認した。動かなくなってもう随分と経つオヤジが、唇の片方を数ミリだけ、にありとつり上げたのを僕は見逃さなかった。

僕は一瞬ギョッとしたが、徐々に嬉しくなって最後には飛び上がるほど喜んだ。そして、これでオヤジは復活すると信じて疑わなかった。

オヤジに表情があったことを、すぐさま看護婦さんに知らせたくて振り向くと、看護婦さんの目尻に輝くものが見えた。

それから僕がヴェネツィアに戻り、大きな鏡の制作に取り掛かったのは初夏の頃だった。来年こそは大きな鏡でたっぷり桜の全体像を映したかったから。夏が去り、秋は深まり、冬が訪れ、再び桜の季節を前にして、間もなく鏡は完成を迎えようとしていたある日…訃報が届いた。

時々、夢は打ち砕かれるし、抗うことのできない現実もある。

 

   試練なんて乗り越えなくていいから……

   絶望で魂なんか磨かなくていいから……

   苦難の向こうの成功なんていらないから……

 

オヤジに生きていて欲しかった。

五十二歳のオヤジを襲った病気、すべてはそいつのせいだった。

数年後、意図せずして、その病院の前を通った時、反射的に桜の位置を確認する自分がそこにいた。

しかしないのだ。

病棟の反対側だったっけ?それとも……それとも伐採されちゃった?

どうしても桜色の大木があった場所が思い出せない。

僕は何度も方角を確認する。確か三階の左から二番目のあの窓だった。だからオヤジが入院していたのはあの部屋に間違いない。

僕はその窓に視点を飛ばし、あたりを俯瞰してもう一度眺めた。

「あっ!そうだ。六月だ」

間抜けな声がこぼれた。

目の前には、新緑を纏った鮮やかな大木が凛とある。

僕は苦笑する。

 

思い出は美化するものである。これが僕の信条だ。

だからほんの数秒しか見せてあげることができなかったあの桜は刹那の桜ではあったけれども、僕の中で熟成されカタチとなった今、さらに爛漫に、生き生きと、彩りさえ豊かさを増し……、こうなっちゃうともはや桜ではないってとこまで。

 

まさに、その通りだ。芸術に限界はない。

 

頬擦りの温もりの記憶がいまだ残る頬を撫でた南風は、おおらかに新緑を靡かせ、そして初夏の空に舞い戻って行くのだった。

 

土田 康彦

■プロフィール

1969年 大阪市に生まれ

1988年 辻調理師専門学校卒業と同時に日本を離れ、パリで食と芸術の道を目指す

1992年 イタリア・ヴェネツィアへ住まいを移す。老舗レストラン・バー『ハーリーズ・バー』に勤務するかたわら各地で個展を行なう

1995年 ムラーノ島にてガラス制作に携わる

1996年 スキアヴォン・ガラス社アート・ディレクター就任

    日本の竹をモチーフとするガラス彫刻『バンブー・コレクション』を発表

2000年 ヴェネツィア・ガラス研究所理事就任

2003年 ヴェネツィア・ガラス研究所理事長就任

2004年 ドゥッセルドルフにて名誉技術賞受賞

2008年 トスカーナ・グロセト市より文化振興貢献者褒賞受賞

    ヴェネツィアで行われた第11回オープン国際彫刻展に日本代表として出展、最優秀グランプリ受賞

2010年 三宅一生『IM10』プロジェクトのコンペに招待参加

2012年 軽井沢ニューアートミュージアムにて、白いガラスによる詩的な作品群『イマジン・シリーズ』を発表

2013年 『運命の交差点』を発表。透明感のある色彩ガラスと研磨技法により作品コンセプトを具現化

    モントリオール世界映画祭にて最優秀芸術貢献賞、日本アカデミー優秀賞9部門を受賞した映画 「利休にたずねよ」に、ヴェネチアン・グラス作家として参画

2014年 第53回日本現代工芸美術展にて現代工芸賞受賞

    作品は京都市美術館、金沢21世紀美術館、静岡県立美術館など全国8ヶ所を巡回

    沖縄琉球ガラス村に招待され、4ヶ月間に渡り新作「民族性・DNA」を制作

2015年 ミラノ万博・日本館にて書家・紫舟氏の書をガラスで造形した彫刻作品を発表

    日本館は200万人以上の来館を記録し、最優秀金賞受賞

    作品集「運命の交差点」を出版。フジサンケイビジネスアイ賞と金賞をダブル受賞

    沖縄県立美術館で個展「DNA-民族性」を開催

2016年 ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展・日本館において、403architecture [dajiba]の出展作品「ガラス橋-en」に制作協力。日本館が審査員特別賞

2017年 創流90周年を迎えた草月流四代目家元勅河原茜とコラボレーション

    歴代作品がフロリダ・イマジン・ミュージアムに収蔵

2018年 ウィスコンシン州RAM美術館の団体展にてガラス作品を展示

2019年 レクサスのCMに作品が採用

    日本橋三越本店画廊にて個展

    日展入選。新国立美術館にて展示

2020年 山口ボルボ・カーにて個展

2021年 京都大雅堂にて個展

    祥伝社より処女作「辻調鮨科」が出版

    アルゼンチンで開催されたInternational Film & Art Festivalにて、映画にインスピレーションを与えたアーティストへ与えられる特別賞受賞

2022年 映画「マゴーネ/土田康彦」が世界各地の11の映画祭にエントリー、計5つの賞受賞

    第53回日本現代工芸美術展にて現代工芸特別賞を受賞。作品は東京都美術館、京都市京セラ美術館、金沢21世紀美術館、福岡市美術館など全国8ヶ所を巡回

    京都大雅堂にて個展

2023年 ブルガリアの首都ソフィアで開催されたガラス・ビエンナーレに選出

    6月より映画「マゴーネ/土田康彦」シネスイッチ銀座を皮切りに全国公開

    托口出版より2作目の小説「神戸みなと食堂」出版

    日本橋三越本店にて個展



■展覧会風景